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「黒衣の刺客」暗殺者になった娘、標的は幼馴染で元許嫁

映画「黒衣の刺客」

「黒衣の刺客」はホウ・シャオシェン監督による2015年公開の映画。

唐の時代に書かれた中国の伝奇小説「聶隠娘」を原作としている。

子供の頃にさらわれた娘が数年振りに帰ってくる。暗殺者として。 

あらすじ

8世紀後半、唐王朝の支配は揺らぎ始め、朝廷は辺境の外敵を防ぐために藩鎮を設置。
以後、力を備えた藩鎮の離反が始まる。
中でも最強の藩鎮は魏博だった。

女道士の元で修行を詰む“隠娘”は、暗殺者として育てられた。

腕は師も認めるほどになっていたが、情を捨てきれないという弱点もあった。

標的にまだ幼い子供がいるのを見て、ためらってしまう心が残っている。

「汝の術は既に成るも、道は未だ成らず」

 

成長した“隠娘”は、一つの使命を帯びて親元に帰される。

魏博の節度使、田季安を暗殺すること。

田季安は“隠娘”の従兄であり、かつての婚約者であった。

予告編動画

【刺客聶隱娘】官方正式預告 (The Assassin - Official Trailer ) - YouTube

時代背景と人物

時代設定は、本編中のセリフから809年頃と思われる。

藩鎮と呼ばれる地方組織。当初は国境周辺の防備を目的とし、その後各地に置かれたもので、次第に力を蓄えた藩鎮はやがて朝廷にとって脅威となる。

(日本における守護の設置から戦国時代への流れで例えると分かりやすいかもしれない。)

 

中でも河朔三鎮と呼ばれる河北地方の藩鎮(現在の北京周辺)は、勢力が大きく、楊貴妃の親族が台頭したことで起きた安史の乱(安禄山の乱:755〜763)を始め諍いが絶えなかった。

それを解決するために、皇帝(徳宗)の妹である嘉誠公主が魏博の節度使(長官)の田緒の元へ降嫁した。

映画オリジナル設定

嘉誠公主は田緒と側室の子である田季安と、その従妹であり親朝廷派の聶鋒の娘である聶窈(隠娘)をかわいがり、二人を許嫁とする。

ところが、夫の田緒は勢力拡大のために力を持つ元氏との縁組を望む。

聶窈の身を案じた嘉誠公主は、双子の嘉信公主(女道士)へ預けることを提案する。

 

人物相関図はチェックしておいたほうがいい。これが一番見やすかった。

孤独な魂の拠り所 

西域の国王は青鸞を得たが、三年鳴かない。

妃が言った。“仲間を見れば鳴くらしい。鏡を使えば如何?”

王が試すと、青鸞は己を見て悲しげに鳴き、一夜踊り続け、息絶えた。

隠娘” の回想する、嘉誠公主が語る故事。

鏡が映すのは仲間の姿か、孤独な自分自身か。

嘉誠公主はこの青鸞を自分自身の姿と重ねていた。

子供時代は反乱で都を追われ、成長後は政略結婚の為に魏博へやって来た。

朝廷と魏博の和平を望むが、夫と息子は反朝廷の方向へ進む。 

 

この孤独は“隠娘”も感じているものだった。

13年という月日に、聶家の娘にも戻れず、暗殺者として非情にも徹しきれない。

青鸞はキジ科の鳥で、鳳凰のモデルとも言われる。

子供時代の“隠娘”を鳳凰のようにと例える言葉もあった。

 

ここの嘉誠公主が登場するシーンは他と画角が違う。

実際にはもう一ヶ所あるのだが、そちらは日本公開版のみで追加されたもの。

演じたシュー・ファンイー(許芳宜は国際的に活躍するダンサーとのことで、佇まいが美しい。

 

このポスターかっこいいよね。

独特の間、映像で語られる物語

本作は武侠映画ということであるが、その割にアクションシーンは少なめで、テンポもゆったりしている。

音楽もほぼ無い。

セリフで多くを語らず、映像で察してくれというタイプの作品なので、観る人の好みは分かれるところだと思う。

いくつか好きな部分を。

13年振りに戻ってきた娘に対する母

突然帰ってきた娘を、聶田氏(母)は一瞥しただけで嘉信公主(女道士)に向き直り毅然と対応する。

湯浴みを済ませた“隠娘”には衣服が用意されていた。

それは、娘がいなくなっても季節ごとに欠かさず服を仕立ててきた母の愛情。

身仕度をしたはずの娘が黒衣で現れた時、わずかに驚きの表情を見せるが、やがて母の顔に戻る。

表情は豊かとは言えないが、どう接していいか分からない、驚きとか嬉しさとか寂しさとかが入り混じった微妙さが表れている。

地味にうまい。

田季安の妻と愛妾

節度使、田季安には正室の田元氏と愛妾の瑚姫がいる。

田元氏は強い女として描かれていて、邸内に侵入する刺客を怖がるどころか「敵意は感じませんでした」と言ってのける。

たとえ刃を向けられても眉一つ動かさない。

その妻が唯一心を乱すのは、夫の愛妾の存在。

瑚姫は“隠娘”の身の上を知り、気にかけるやさしい女性であった。

暴君として描かれない田季安

暗殺対象となるのは、朝廷の支配において害になる者、悪政を敷き民を苦しめる者。

田季安は暴君との設定ではあるものの、それらしい様子は特に見られない。

朝廷寄りの発言をしたとされる田興を左遷するが、普段は子煩悩な父親でもあり、宴の席では自ら太鼓を叩き、踊りにも参加するお祭り好き。

田興を国境まで送る聶鋒に、先年事故で生き埋めになった人物の例を挙げて忠告する。

この部分、脅しと予告かと思いきや、本当に気をつけろと言っているだけだったり、実はいい奴なんじゃないのという気にもなってくる。

事故に田元氏が関わっていることを知っていて釘を差すのだが、間接的に“隠娘”に注意を促すことにもなっている。

あとがき 

この映画を観る際に一番気になるのは、日本で観ることのできるのはカンヌ映画祭で監督賞をとったインターナショナル版ではないということ。

日本人俳優の登場場面が追加されている。

これが、ラストの意味合いが変わってくるようなものなのだ。

加えて、公式サイトや大手映画サイトの解説部分と本編の印象の食い違いから別のものを観させられている気がしていた。(これは翻訳のせいだった)

 

監督のインタビューなどを読んでみると、日本限定版ではなく、こちらが本来の表現したかった版であるとも取れる。

あと"隠娘"をまるで名前のように呼んでいるのが引っかかる。

中国語字幕だと本名の聶窈、愛称の阿窈、窈七など使い分けているけどこれが普通だよね。

二回目以降、可能であれば中国語字幕で観てみるといいんじゃないかな。  

 

原題:刺客 聶隠娘(The Assassin)

監督:ホウ・シャオシェン(侯孝賢)

出演:スー・チー(舒淇) / チャン・チェン(張震) / シュー・ファンイー(許芳宜) / チョウ・ユン(周韵) / シェ・シンイン(謝欣穎) / ニー・ダーホン(倪大紅) / ヨン・メイ(咏梅) / 妻夫木聡 / (忽那汐里)

  

設定的に思い浮かぶのはこれかな。 

 

 

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