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「鉄楽レトラ」(佐原ミズ)交換した夢と新しい靴で一歩を踏み出す

「鉄楽レトラ」(佐原ミズ)1巻 (ゲッサン少年サンデーコミックススペシャル)

「鉄楽レトラ」(てつがくれとら)は佐原ミズによる漫画作品。

ゲッサンで2011年から2014年まで連載されていた。

バスケを諦めた少年とフラメンコを諦めた少女が出会い、互いの夢を交換する。

 

佐原ミズ作品は原作付きのもの(神様のジョーカー、ほしのこえ)を除けば「夜さん(いつやさん)」しか電書化されていなかったのだが、先日一気に対応した。

佐原ミズ作品リスト

 

人の人生を変えてしまうほどの人間て、どんな奴だ? 小学生の頃から打ち込んできたバスケを諦め、家から離れた高校へ入学した鉄宇。現実から目を背け、他者との関わりを拒んできた彼の目にかつて失くした“夢のつづき”が飛び込んできて――『マイガール』の佐原ミズが満を持して放つ少年と少女の、細く、強い――絆の物語。

(「鉄楽レトラ(1) (ゲッサン少年サンデーコミックススペシャル)」より)

二つの赤い靴

一ノ瀬鉄宇(いちのせ きみたか)は若葉台高校への入学の日を迎えていた。

家から電車で2時間かかるその学校で、極力他人に関わらずに生きていこうと思っている。

入学式が終わり駅の改札を抜けようとしていた鉄宇だったが、一人の老女に声をかけられた。

バスケット・ボールをやっている孫に届け物をするため、若葉台高校までの道を教えて欲しいという。

練習試合で来ているその孫は気が小さく、お守りがないとシュートが打てないらしい。

彼女の、お守りと呼ぶには大きな袋に入っていたのは一足の靴。

かつては鉄宇のものだった。

「鉄楽レトラ」(佐原ミズ)1巻より、捨てようとした靴
(「鉄楽レトラ」1話『僕と赤の39号』より) 

小学校の頃からバスケをやっていた鉄宇は、中学の部活で一時注目されるも、体格に恵まれず次々と周囲に追い抜かれていく。

絶望から靴を手放してバスケもやめようとしていた時、同じ境遇の一人の少女と出会う。

彼女は身長が高い事がコンプレックスで、フラメンコを諦めようとしていた。

「鉄楽レトラ」(佐原ミズ)1巻より、違う靴なのに何だか似ている
(「鉄楽レトラ」1話『僕と赤の39号』より) 

この日、互いの靴を交換した二人は、それまでとは違う道を進むことになる。

新しい夢 

すぐにバスケを始めた彼女・藤本宝と違い、鉄宇は前に進めないでいた。

嫉妬からチームメイトに怪我をさせてしまったことで、その後の中学時代は現実から逃げ続ける毎日。

1巻では、そんな彼が仲間と出会いスタートラインに立つまでを描いている。

主人公の卑屈さにイライラする部分もあるが、思いの強さや一途さに変わる部分でもある。

「鉄楽レトラ」(佐原ミズ)1巻より、三人の出会い
(「鉄楽レトラ」2話『キミは芸術』より) 

クラスで出来る友人は、二人。

菊池英(きくち はな)と市川円砢(いちかわ つぶら)は共にクラスのはみ出し者で、やがて鉄宇と一緒にフラメンコを習い始めることになる。

フラメンコはカンテ (Cante:歌)、バイレ (Baile:踊り)、トケ (Toque:ギター)の3つの要素で成り立つ。

一人ではなく、三人の成長と連帯感にかかっているわけだ。

これまで逃げ続けてきたことに正面から向き合う必要がある。

自分が誰かの支えになっているかもしれないことを知るのは、顔を上げる十分な理由だろう。

再び会うときに恥ずかしくない自分でいるために。

 

そして鉄宇を支える家族がかっこいい。

「鉄楽レトラ」(佐原ミズ)1巻より、鉄宇(きみたか)の母
(「鉄楽レトラ」2話『キミは芸術』より) 

この母にして、この娘あり。

「鉄楽レトラ」(佐原ミズ)1巻より、妹の銘椀(なまり)の怪我
(「鉄楽レトラ」3話『99点オバケ』より) 

これだけの家族の思いが、逃げていた頃の彼には見えていなかった。

彼女たちに背中を押され新しい世界に一歩を踏み出す。

「守られている事も知らずに自惚れている自分は…もう嫌ですっ」 

 

タイトルにあるレトラはカンテの歌詞を意味するが、語源はデルフォイの神託にあるらしい。

神殿の入口に彫られていた言葉は「汝自身を知れ」。

2巻からは指導者との出会いと練習が始まる。

 

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