「マルメロの陽光」はビクトル・エリセ監督による1992年公開の映画。
10年に1本のペースで作品を発表している寡作なエリセ監督の長編3作目。
「ミツバチのささやき」1973
「エル・スール」1982
「マルメロの陽光」1992
「ライフライン」2002
「割れたガラス」2012
そして、現在最後の長編でもある。
昨年Blu-rayが発売され、TSUTAYAの発掘良品に選ばれた代表作の「ミツバチのささやき」及び「エル・スール」はやや注目されたものの、本作のほとんどマニア向けのような入手の困難さは残念だ。
スペインを代表する画家アントニオ・ロペス・ガルシア。
芸術作品の制作風景が芸術になるという稀有な作品。
アントニオが描くのはアトリエの庭にあるマルメロの木、特に朝一番の陽の光を受けた最高に美しい瞬間を切り取ろうとしている。
ジャケットの写真に写っているのがマルメロ(セイヨウカリン)の果実。
白い線はその時々の瞬間を切り取ろうとした記録でもある。
アントニオは製作期間が長い作家といわれているが、筆の運びは遅くはない。
その代わり、写し取ること、描くことに対するこだわりは半端ではない。
基準となる白い線は果実だけではなく、葉にも、幹にも、背景となる塀にも付けられる。
棒を立て、糸を張り、垂直線となる錘を垂らす。
足の位置を決めて記録し固定する。
常に同じ視点を保てるように。
陽の光をとらえる、写真のような一瞬ではなく、マルメロの木と一緒に過ごした時間をもそこに収めようとする。
日ごとに木は変化し、マルメロの果実も熟し、重さで位置が下がってくる。
そのたびに線が新たに描きこまれる。
9月の終わりから数ヶ月の間の、アントニオの絵と向き合う様子を記録したドキュメンタリー。
1990年、ドイツは統一され、ソ連も解体に向かい、イラク周辺は不穏な空気。
ラジオから流れるニュースと対照的な平和な日常。
アトリエは改装工事が行われ、時には娘たちや友人も訪れる。
美術学校以来の友人、エンリケとのやりとりは微笑ましくもあった。
学生時代の思い出、絵についての相談。
何十年もの間、この二人はいい時間を過ごしてきたのだろう。
そして、光をとらえるのはアントニオだけではない。
それを映画として撮っているエリセ監督もそうだ。
アントニオが手に入れる光、画家でもある妻マリア・モレノが見せる光、エリセ監督が切り取る光。
時代が変わっても振れないもの。
三者三様にそれぞれの光をとらえてみせるのだ。
ドキュメンタリーとしての形をとっても監督らしい作品だった。
この映画は詩だね。ドキュメンタリーで、しかも詩がある。
(淀川長治)
2013年に、初めて日本で個展が開かれた。
アントニオ・ロペスとは | 現代スペイン・リアリズムの巨匠 アントニオ・ロペス展 | Bunkamura
世界的に評価されている現代スペイン美術界の巨匠で、過去に映画でも紹介された作家でありながら、日本では初めての個展。
超絶的な技巧と鋭い観察眼で、空間の匂い、そして時間の移ろいさえリアルに描き出すといわれる画家がいる。アントニオ・ロペス、77歳。現代のリアリズム絵画を代表するスペインの巨匠である。
原題:El sol del membrillo
監督:ビクトル・エリセ(ヴィクトル・エリセ)
出演:アントニオ・ロペス・ガルシア / マリア・モレノ / エンリケ・グラン / エミリオ
関連記事