エストレーリャは父の名を呼ぶ母と、犬の鳴き声で目を覚ます。
父がもう戻らないことを察した娘は、謎の多かった父の在りし日の姿を思い起こしていた。
「ミツバチのささやき」で知られる、スペインのビクトル・エリセ*1監督の長編二作目だ。
独裁政権*2が終わり民主化が進む中で作られた今作は、モノローグを含むという点で前作よりもやや饒舌で、明るい表情も垣間見える。
概要・あらすじ
スペイン北部の町外れに、エストレーリャと父母、家政婦のカシルダの4人が暮らしていた。
父は県立病院の医師であり、母は元教師だった。
田舎と町を繋ぐ家の前の道を、父は国境と呼び、教会からも遠ざかっていたが、少女時代のエストレーリャは特別な事とは感じていなかった。
ある日父の書斎の引き出しの、封筒に書かれたメモを見てしまう。
父には誰にも言わない秘密があった。
光の見せ方と窓の使い方がきれいで印象的。反面、影も濃い。
夜の庭から見る家と空の色合い。
夜の明けきらない暗い部屋が、窓から射し込む光で次第に明るくなっていく様子。
エストレーリャの聖体拝受(聖体拝領)の日、教会の柱の影から現れる父の姿。
黒は黒のまま、鮮やかな黒だ。
本作で描かれるのは、前作同様イニシエーション。
映画を観ることが転機になっていることと、ミラグロスの名前が共通している。
ミラグロスは希望という意味をもち、「ミツバチのささやき」ではアナの家の家政婦であったが、今回は父の乳母として、エストレーリャを南(エル・スール)に導く存在である。
かつて父が捨ててきた故郷、会うことのなかった祖父、メモの名前イレーネ。
父の謎を知るため、エストレーリャは南の地へ向かうことを決意する。
予告編動画
El sur (The South) trailer - YouTube
ただ、映画内では南の地での出来事は描かれていない。
もともとは3時間程の作品にする予定だったらしいが、事情で半分程になったとの事。
そういう意味では未完ではあるが、この終わり方でよかったと思う。
いい余韻。
タイトルの El sur (The South) は父の故郷であり、祖父母や、父の乳母ミラグロスの住む地。
映画とは現実を知るための媒体ではないでしょうか。子供の頃、わたしは映画を見て育ち、映画を通していろいろな物事を学んできました。大人になってからは、子供のときの体験を元にして、ふたたび今度は別の形で現実を知ろうとしてきました。わたしにとってもっとも興味深いのは、二つの時期の間にある移行、事物が別の物になろうとするさいに見せる変化です。 『ミツバチ』にも『エル・スール』にも描かれているのは、幼年期の終わりと次の段階への移行です。(ビクトル・エリセ監督インタビューより)
監督:ビクトル・エリセ
原作:アデライダ・ガルシア・モラレス「エル・スール」
出演:オメロ・アントヌッティ / イシアル・ボリャイン / オーロール・クレマン